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小説「呪われた女」 月竜香: □第三章
  
目次 第一章 第二章 第三章

【第三章】新しい人生に向かって

 その次の日の朝……
 志津代は子供たちがいつものように3人とも出かけて行った後、前日の出来事を報告しようと竜香に電話をしました。
「おはようございます。私、電車でお会いした香川志津代でございます」
「ああ、覚えていますよ。おはようございます」
「実は昨日、思い切って昔のいいなずけに会いに行ってきたんです」
「そうでしたか。さぞかし勇気のいったことでしょう」
「ええ。でも、竜香さんのおっしゃった通りでした。私はやはり10年間も彼に呪われていたようなんです」
「10年も?」
「彼は私の母と長い間、私を捜しまわったようなんです。どうしても見つけられなかったため、ただ一枚持っていた私の写真を自分の部屋の柱に貼り付けて、写真の両目に五寸釘を打ち付けていたみたいで……」
「えっ? あなたの写真の両目に五寸釘をですって?」
「ええ、それから10年あまりも呪いつづけていたんです。私の両目がつぶれてしまえと」
「まあ、なんてひどい……私も尋常ではない呪い方だとは思っていたんですけども、まさか両目に五寸釘とは!」
「だから私が失明したことを知ったときは、失明は自分のせいだと告白して彼も泣いて謝りましてね……」
「そうでしょう。本当に失明したことを知ったら、さぞかし驚かれたでしょうね」
「そうなんです。でも、それがとんだことに……」
「どうしました?」
「実は……彼に身体を奪われてしまったんです。必死で抵抗したんですが、力づくで強引に……」
「えーっ! 私もただでは済まないだろうと予想はしていたんですが。やっぱり……」
「ええ、側には誰もいなかったものですから、目の見えない私は抵抗もろくにできなくて……」
「そうでしょう。それは大変でしたね」
「それにしてもひどい男ですよ。突然襲いかかられて、裸にされてしまって……」
「奥さん、悔しいでしょうけど、それでよかったんですよ。それで相手の気が済むなら、償いにもなるし、あなたの悪い運命が身体を犠牲にして詫びたことによって切り替わるなら、マイナスにはなりません」
「ええ、私もしまいには抵抗をあきらめました。それで気が済むなら、罪ほろぼしにもなりますし……」
「そうですよ。負けるが勝ちです。ものは考えようですよ。それでまた彼を恨んでいては、お詫びに行った意味がありませんもんね」
「負けるが勝ち……」
 志津代は静かにその言葉をかみしめました。
「でもよくお詫びに行かれましたね。あなたにとっては一大決心だったでしょう。これで最大の難関を突破されましたから、次はご主人です。ご主人にお詫びに行ってください。悔しいでしょうけど」
「ええ……」
 志津代は相槌を打ったものの、それを考えるとゆううつになりました。
 失明したとはいえ、妻と幼い子供を捨てて蒸発した夫に対してなぜ迷惑をかけました、と謝らなければならないのだろう。それも愛人のいる家に謝りに行って詫びるなんてあんまりではなかろうか。
「奥さん、あなたと3人の子供の将来のためにもう一度、勇気を出してください。世間の常識から言えば、目が見えなくなった奥さんを捨てて愛人の元に走った夫に誤るなんて、そんな馬鹿なことを……ということになりますが「逆もまた真なり」という格言もあります。私はあなたと子供さんたちのために言っているんです。ご主人のためではありません。
耐えがたきを耐えてください。私が言ったと思って……」
「ええ、考えてみます」
 志津代は歯切れ悪く答えました。
「ご主人にお詫びに行かれても、決して家に戻って欲しいとは思ってはいけません。それを言ったのでは『詫び』ではなく『要求』になってしまいますから。ただ、私が失明したために、妻としての役目ができず、本当に申し訳ありませんでした。とだけ言えばいいんです」
「ええ、でももし向こうの女性に会ったらどうしたら……?」
「別に何も言う必要はありませんよ。恨むのも筋違いですし……」
「そうですね」
「どうです? お詫びに行けますか?」
「……はい……」
「行きづらいかもしれませんが、一生会わないはずだった新藤さんにも、一大決心をして会いにいかれたんですもの」
「ええ……」
「そしてあと2つ、やってもらうことは、列車の中で申し上げましたよね」
「はい、分かっています」
 2つのこととは、亡き両親へ親不孝を詫びる墓参りと、かつて堕ろした3人の水子供養をすることでした。
「それでは奥さん、ご主人のところへ行ってきたら、またお電話くださいね。人生、悪いことばかりじゃありませんよ。頑張って!」
「ありがとうございます……」
 受話器を置いた志津代は、その場に座り込むとため息をつきました。
 水子供養や、墓参りは相手がこの世にいないだけにやりやすいことですが、愛人と同棲中の夫に会いに行くことは、やはり大きな抵抗感がありました。

◆           ◆

 志津代は、一日中ぼんやりと瞑想にふけることが多くなりました。
 〜夫のアパートに着いてドアをノックする自分。
 ドアが開いて見知らぬ女が顔を出す。
 名前を告げるといやな顔をして引っ込み、代わって夫が出てくる。
 何の用だ! と怒った目。
 やっと部屋に入れてもらい、ひざまずいて詫びる自分を、憎々しげな表情で見下ろす
夫と女……〜
 そんな情景ばかりが脳裏に繰り返し浮かんでは消えるのです。
 時には夫に怒鳴り返され、女が自分をののしるシーンも頭をよぎります。
 それを思うと涙が込み上げ、決心が鈍るのでした。

◆           ◆

 冬の日は短い。思い悩むうちに時間ばかりが過ぎて行く。ぼんやりしていると玄関から娘の元気な声が聞こえてきました。
「ただいま〜っ」
 夏子でした。高校から帰ったようです。志津代は慌てて涙をふき、髪を直して座り直しました。
 セーラー服姿の夏子は、部屋に入ってくるなり、畳の上に座り込んだ。
「きょうは疲れちゃったわ。マラソンで6キロも走ったのよ」
「そうなの? でも夏ちゃんは走るの得意じゃなかった?」
「短距離ならね。でも長距離は苦手なの。じゃ、30分くらいしたら買い物に行って来るわ」
 夏子は部屋を出て行きました。夕暮れが迫る部屋はまた静寂に包ます。

 それから2〜3日は思い悩む日が続きました。しかし、数日前の新藤との再開によって竜香が恐ろしいほど的中する霊感を持ち、しっかりとした倫理観によって適切な助言をすることは、身をもって体験しているだけに、夫への謝罪も具体的に考えてしまう志津代でした。

(行きにくいけど、竜香さんの言葉に従って、夫を訪ねるしかないわね……それで夫が愛人とどんな生活をしているかも、ある程度分かるんじゃないかしら)

 志津代は子供たちがそろったところで相談してみようと思いました。今の志津代には成長した子供たちだけが、心の支えだったのです。

◆           ◆

 そして、2月半ばの日曜日……
 志津代は息子が友達から借りてきた車で、3人の子供たちと岐阜県に向かっていました。
 まずは実の父と母の墓参りをすることが目的でした。
 そう、やはり志津代は夫への謝罪の前に、亡き人への謝罪から始めたのです。
 相手はもうこの世にいないだけに、それは大きな労力を必要とせず、素直な気持ちで詫びることができるのでした。

 何十年も親の意に反して家出をしたことに対し、志津代は後悔と詫びの気持ちを込めて墓参りをしました。子供たち3人も、志津代の側でそっと手を合わせます。
 その後、長女の京子が重い口を開きました。
「ねえお母さん。この後お父さんの所へも行くって言ってたわよね。もうお父さんの所へ行くのはやめましょうよ。どう考えてもおかしいわよ。無責任に私たちを捨てて蒸発したお父さんのほうから、謝りに来るのが筋ってものでしょう?  もう一度考え直したらどうなの?」
 次女の夏子もその意見に賛同します。
「そうよ。お姉ちゃんの言うことは正しいわ。私もお父さんの所へ、それも謝りに行くなんて絶対反対だわ」
 しかし、志津代はこの日ばかりは毅然とした態度で子供たちに言いました。
「私もそう思い続けてきたんだけど、それではいけないのよ。お父さんが家を出て行ったのは、私の目が見えなくなって妻としての役目が果たせなかったことが原因なんだから、私がまず謝らなければいけないのよ」
 それに対し京子はむきになって反論します。
「お母さんが、そんなに自分を責めることはないわよ! じゃあ、世の中の夫はみんな目の見えなくなった妻を、捨てて出て行って好きな女性と暮らせばいいっていうの? そんなのおかしいじゃない!」
「でもね、お母さんは霊感師の月竜香さんに約束したの。理屈はどうであれ、今回は私の方から謝りに行きますって……福井で結婚式があった時に、列車の中で会った人なんだけどね。お母さんとあなたたち3人のことを思って言ってくださることが、今までズバリ当たっているからね。ここは信じてやるだけのことはやってみたいの。お願い、協力してくれないかな?」
「やるだけのことって?」
「それはね、お母さんの運命が良くなるために、4つやらなければならないことがあるの。その一つが、この前夏子に連れて行ってもらって、岐阜の昔の婚約者にお詫びに行くことだったの。それから、死んだ私の両親への、お詫びの墓参り、それから今からいくお父さんへのお詫び」
「もうひとつは?」
 長男の紀之がすかさず聞きます。
 志津代は困って絶句していまいました。さすがに身ごもった3人の子供を、貧乏の果てに無理矢理に堕胎してしまったことは、言うに忍びないことだったのです。あなたたちの兄弟を3人も殺してしまったの……とは、さすがに告げることは出来ないのでした。
「……それはいつか話せる機会があったら、話すわ。だからお願い。きょうはお父さんのいる岡崎へ行かせてほしいの。お母さんだって、本当は行きたくないのよ。でも……行かなくてはいけないの」
「……………」
 車内は重苦しい空気に包まれました。
 母親の本音を聞いて眉をしかめる長女の京子。それに対し、次女の夏子が、姉をなだめるように言いました。
「姉ちゃん、やっぱり行くしかないわね。それでお母さんの気が済むならいいじゃないの」
 夏子がそう言わなくても、車はちゃんと岡崎の方向へ向かっているのでした。
 (お母さんの願いを聞き入れるしかない。それがどんなに理不尽なことでも…)
 子供たち3人の気持ちはどんな場合であっても、やはり母親を大切にしたいという気持ちが先立つのでした。

◆           ◆

 夫が愛人と暮らしているのは、二階建てのごくありふれたプレハブの安アパートでした。工場勤めをしているという、夫の質素な生活ぶりが伺われました。
「僕が見てくるから、待ってて」
 長男の紀之がエンジンをかけたまま、足早に歩いて行きます。周辺には民家が密集していましたが、どちらかといえば庶民的な雰囲気の街でした。程なく紀之が戻ってきて、運転席のドアを開けました。
「あったよ。一階の一番奥に、『香川』って表札がかかってた。どうする?」
「そう、じゃあ行ってくるわ。京ちゃん、ついてきてくれる?」
 京子はうなずき、下車する母の手をとりました。
「香川」の表札を確認した京子が、母の手を弾いたまま、色あせたトタンのドアをノックして声を掛けました。
「ごめんください」
 しばらくして室内で人の気配があり、ハイという女の声がしてドアが開きました。30半ばの女性が顔を覗かせました。
「どちらさま?」
 素顔でしたが、水商売と思われる感じの女性でした。
「私、香川の家内でございますが」
 サングラスをかけた志津代が会釈すると、女は一瞬たじろぎ、驚いた表情で奥に隠れました。志津代は娘を通路に立たせ、自分はドアを開けて中に入りました。
 しばらくして、夫の康三がGパン姿で現れました。
「な、何しに来たんだ?! 急に!」
 康三は志津代の姿を見るなり、開口一番、激しい口調で問いかけました。その顔には狼狽の色が表れ、ドアの向こうの娘2人に気付くと、ますます驚いた表情を見せました。
「今日はあなたにお詫びに来ました」
「お詫び? 何の事だ?!」
 康三はますます何がなんだかわからないといった表情を見せました。
 志津代は心を無にして、竜香との約束だけを果たそうと、淡々と言いました。
「私の目が見えなくなって、あなたに辛い思いをかけ、妻としての役目も果たせなくなってすみませんでした。本当に、申し訳ありませんでした。それをお詫びに来たんです。どうかどうかお許し下さいませ……」
 志津代ははっきりとした口調でそう告げると、いきなりその場で土下座をしたのです。
「土下座なんかしなくてもいいから、立て!」
 康三はさすがにびっくりしたようでした。
「あなたが家を出るようになったのも、私の失明が原因ですから、とにかくお詫びします。今までごめんなさい。至らぬ妻でした」
 志津代は土下座したまま、重ねて詫びました。
 康三はそんな志津代を気まずそうに見下ろしました。
「……今更謝ったところで、どうにもならんわ。用件はそれだけなのか?」
「はい」
「もういい。二度と来てくれるな」
 康三は冷淡に言い放ち、ぷいっと奥へ引っ込んでいきました。
(夫はすっかり人間が変わってしまった。妻の私が謝りに来たというのに、これほどまでにかたくなな態度をとるとは……。昔の優しさはみじんもないわ)
 志津代は力なく立ち上がると、外に出てスカートのすそを両手ではたいた。
 二人のやり取りを外で聞いていた京子が室内をにらんだ。
「ひどい父ね。お母さんにあんな言い方をしなくてもいいのに」
「だから、お母さんが来る必要なんてなかったのよ」
 夏子までが駆け寄り、母のスカートのすそを払いながら同情した。
「さあ、お母さん、こんな所に長居は無用だわ。どういう薄情な人だか、よーく判ったでしょ。帰りましょ」
 京子に手を取られて、きびすを返した志津代の目から大粒の涙がこぼれた。涙をハンカチでぬぐいながら、志津代は息子の紀之の車に乗り込みました。
「ねえちゃん、どうだった? 親父いたの?」
 助手席に乗り込んだ夏子から、夫があまりにも冷淡で残酷な態度だったことを聞かされた紀之は激怒しました。
「ちくしょう! そんなに母さんを馬鹿にする親父は許せんな! 俺が文句を言ってきてやる」
 紀之は車のドアを開け、飛び出そうとします。
「いいの! やめて!」
 志津代は後部座席から身を乗り出して、息子を止めました。
「だって、自分は愛人を作ってのうのうと暮らしているくせに、自分のことは棚に上げて……あんまりじゃないか」
 紀之はなおも怒りが収まらないといった様子でした。
「お父さんが悪いんじゃないのよ。みんなお母さんが悪いの。今日はそれをお詫びに来たんだから、お父さんがどんなにひどいことを言っても、お母さんに免じて許して。ね。お願いよ」
 志津代は切々と訴えました。
「……わかったよ」
 紀之はようやくドアを閉めました。車を発進させようとした時、アパートの玄関からさっきの女が顔を覗かせました。こちらを睨んだかと思うと、すぐに引っ込みました。
「あの女、こっちを見てるわ!」
「どうせ、落ちぶれたお父さんにくっついて行くような人は、ろくな人じゃないわ。無視して! 早く紀之は発車させて!」
 紀之は車を急発進させました。軽蔑と蔑みの気持ちを込めて……。
 志津代はある程度、夫の冷酷な態度を予想してはいたものの、やはりそれが現実となると、大きなショックではありました。
 車に揺られていると、「二度と来てくれるな!」という、夫の怒鳴り声だけが、耳に残って離れませんでした。

◆           ◆

 失明で妻失格となったことを謙虚にわびることで、8年間も会っていない夫と、ひょっとして元に戻れるのではないか? 志津代にはそんな期待がないわけではありませんでした。
 しかしその期待は無残にも打ち砕かれ、後には悲しみと憎しみに似た悔しさだけが残ったのでした。
(ああ、イヤだ。こんな暗黒の中を這い回るような生活はいつまで続くのかしら?もう、こんな人生耐えられない……)
 志津代はアドバイスをしてくれた竜香に報告の電話をする気力さえ失せていました。
「お母さん、また泣いていたんでしょう」
「泣きはらした顔してるわよ。もう、いい加減にあんなお父さんのことなんかあきらめたら?」
 などと子供たちは図星なことを言うのでした。

◆           ◆

 志津代はなんとか気力を立てなおそうとしました。
 竜香との約束のうち、果たしていないのは水子供養だけだ……
 その翌日志津代は、水子供養をしてもらうべく、竜香に電話をしたのでした。

「お久し振りです。香川でございます」
「ああ、香川志津代さん、その後どうしていらっしゃるかと思っていたんですよ」
「おかげさまで、あなたのおっしゃった4つの課題のうち、3つはやり遂げることができました」
「そうでしたか? 別居中のご主人のところへも?」
「はい、両親への墓参りも兼ねて行って来ました。子供たちが連れて行ってくれたんです」
「へえ、それでどうでした?」
「ええ……とても冷淡な態度でした。憎悪に満ちた険しい表情で、何しに来た? って一言、言い放たれました」
「そう、そんなにひどい態度だったんですか? でも、奥さんはちゃんとお詫びになったんでしょ?」
「はい、アパートの玄関で土下座をしました」
「まあ、それはそれは。そんなにきちんと謝られたわけなんですね」
「ええ、失明をしたために妻としての役割を果たせなくて申し訳なかったと……でもあまりにも冷たい態度に私……」
 志津代は思わず嗚咽してしまいました。
「そうでしたか。でも奥さん、ちゃんと謝りましたね。きっと相手も悪い気はしていなかったと思いますよ」
「でも、愛人の前でろこつに迷惑だという顔をされまして……悔しくて、やりきれなくて、私……。息子たちは父のあまりにも残酷な態度に怒り出しまして、文句を言ってくるというのを引き止めるのに必死だったんです」
「そうですか。まあ、子供さんたちは心からお母さんを守ろうとする子達ですからね。本当に言い子たちに育ちましたね」
「ええ、それだけが救いで……」
「で、もう一つの件とは?」
「ええ、水子供養のことなんです」

「ああ、そうでしたか。あとは水子供養だけだったんですね。そういうことなら、ちょっと遠いんですけど、金沢へ来て下さいますか?」
「ええ。金沢なんて一度も行ったことはありませんけど、なんとか……」
「じゃあ、どなたか子供さんにでも一緒に付いて来てもらって……来週の火曜日ごろいかがでしょうか?」
「じゃあ、娘にでも相談してみます。場所はどこでしょう?」
「さっそく、地図を書いてお送りします。どうして金沢がいいかと言いますと、私、金沢の生放送番組に出演するため、毎週月曜日に金沢へ通っているんですよ。なんだか、金沢の地とは縁がありまして、霊感もよく働くんです。だから、しっかりと水子供養をしてさしあげられると思うんですよ」
「わかりました。では、ぜひ伺わせてください」

◆           ◆

 翌週の火曜日、志津代は長女の京子に手をひかれて、金沢にある月竜香事務所を訪れました。
「ああ、香川さん。ようこそ金沢へお越し下さいましたね」
「長女の京子です。先日、母が大変お世話になりまして」
「月竜香です。香川さん、いいお嬢さんが2人もいて、先が楽しみじゃないですか」
「はい、いろいろありましたが、今は子供たちだけが財産ですから」
「じゃあ、お嬢さんたちの花嫁姿を見られるように、しっかりと目をなおしましょうね」
「そうなるといいんですけど」
「何おっしゃいます。希望をもってがんばりましょう」

 志津代は竜香の事務所の奥へ通されました。神秘的な雰囲気の場所でした。
「皆さんは案外、水子供養を軽く見ているんですが、とても大切なことなんです。本来この世に生まれてくるべき命を、こちらの勝手で殺してしまうことなんですから」
 竜香の話に、志津代は頭を下げました。
「あなたが3人も中絶されたということは、当時、切羽詰まっていろいろなご事情があったのだと思います。でも、理由はともかく、生まれてくるべき3人の子供さんを水子として流してしまった罪を、心から申し訳なかったとお詫びして下さい。母親として真剣に懺悔してくださいね。そうしなければ、あなたの運命も良くなりません」
「はい、そうさせていただきます」
「では、私が宇佐八幡宮の神様に、あなたのそうした気持ちをお伝えして、お詫びし、供養させていただきますから、その間あなたも目を閉じながら、真剣にお詫びして下さいね」
 竜香はそういうと目を閉じて、向きを変え、祈りつづけました。

「これで終わりました。私の申し上げた4つの約束をすべてやっていただきましたね。
これからあなたの運命は変わりはじめるでしょう」
 竜香の言葉には力がありました。
 漠然とした安心感を胸に、志津代は帰途につくことになります。

◆           ◆

 それからまたたくうちに年が暮れ、翌年の6月のことでした。
 朝、目が覚めてカーテンを開けた瞬間、志津代はあまりのまぶしさに思わず両手で顔を覆ったのでした。
「どうして、今日はこんなにまぶしいのかしら?」
 志津代は不思議な、そしてなつかしい感覚にとらわれました。
「こんなことはずっと無かったことだけれど……なぜかしら……まるで目が見えたときのような感じだけれど……ひょっとして!」
 志津代の胸を希望にも似たときめきが駆け巡りました。
「怨念が解ければ……」
 そんな竜香の声が浮かびました。
「おはよう」
 居間へ入ってきた母の顔を、食卓を拭きながら長女の京子が見上げました。
「どうしたの? お母さん、びっくりしたような顔をして……」
「きょうに限って、朝日がすごくまぶしいのよ」
「ふーん。ひょっとしてまた見えるようになる兆候かしら?」
「まさか!」
 志津代は呟きながら 明るい庭のほうに目を向けました。
 それから、ゆっくりとしたテンポではありましたが、志津代はいろいろなものが見えるようになっていったのです。
 そして半年もすると色が識別できるようになり、9月の初めにはモノの輪郭が分かるようになってきました。
 13年前に、もう二度と戻ることはないでしょうと、医者から宣告された志津代の目……。
 それが奇跡的なことにカムバックし始めたのでありました。
「お母さん、どう? 目の調子は?」
 子供たちが母の視力回復を、自分たちのことのように喜んでくれます。毎日、回復状態を聞くのが日課になり、一家に笑いが戻りつつありました。
 志津代は竜香に電話をかけました。
「月竜香さんでいらっしゃいますか?」
「はい、その声は香川さんですね。どうしていらっしゃいます?」
「実は、私の視力が戻り始めたんです」
「え〜っ。本当ですか、それは」
「はい、3ヶ月前から徐々に眼球に明るさが戻り始めたんです」
「それは嬉しいご報告ですね」
「まだとても見えるような状態じゃありませんけど、一応ご報告したいと思いまして……」
「まあ、そうでしたの。きっともっとよく見えるようになりますよ。私も自分の事のようにうれしいですわ」

「まだ、とても見えるところまでは行ってないんですが、少しずつ、着実に回復していますので、ご報告を……と思いまして」
「まあ、そうでしたの。きっともっと良く見えるようになりますよ。奥さんが私の申し上げた4つのことを、ほんとうに勇気をもってやり遂げたから、きっと神様がお許しくださったのですわ」
「そうでしょうか」
「ええ、私も奥さんが4つのことを真心込めてやってくだされば、目も多少治るんでは……という予測はあったんですよ。本当にそうなるとは……奥さんの勇気のたまものです。何よりのことじゃないですか」
「ありがとうございます」
 志津代の頬には涙がつたっていた。思えば、列車で竜香と出会っていなければ……そしてその4つのお告げを実行していなければ、この日は来なかったのである。
 通いつめた眼の医者も、「奇跡としかいいようがない」と驚くばかりでありました。

 きょうは、食卓にならぶ、タクアンの色がわかるわ。
 きょうは、みんなの顔が分かるわ……本当に成長したのねえ……。
 そんなふうに、毎日、毎日、目がさらによく見えるようになっていくのでした。

◆           ◆

 そして、もう新聞の文字が読めるようになった、ある春の日、志津代はとんでもない記事に遭遇したのでした。

「14日午後2時ごろ、愛知県の国道22号線で、岐阜市の会社社長・新藤雄太郎さん(46)運転の乗用車が雨でスリップしてタンクローリー車に激突。乗用車は大破して、新藤さんは顔面骨折などで、失明のおそれあり……」

 志津代は身が振るいあがる思いでした。
「ああ、何と言う恐ろしいこと! 昔から因果応報というけれど、私の目に呪いの五寸釘をうった男が、今度は自分が失明するような交通事故にあうなんて……」

 隣で長女が落ち着いた表情で言いました。
「お母さん、逆転の運命ってこういうことを言うのかしら?」
「そうかもしれないわね……」

 そして、志津代は竜香にこのおそろしき因果応報の事実を伝えるため、電話をかけたのでした。
 竜香はゆっくりと、決心をこめて、志津代に告げました。

「ほんとうに、ご苦労さま。これで、あなたの悪い運命はすっぱりと切れたのですよ。
あなたはもう、何も待たずに、何にも脅えずに、新しい人生に向かって歩き出しなさい。それによって運命が開けます……」

 そして受話器を置いたのでした。

(終わり) 
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【あとがき】
半年近くにもおよぶ連載「呪われた女」いかがだったでしょうか。
本当に、「運命」や「因果応報」というものはあるのです。あなたにも思い当たる運命や、呪いはありませんでしょうか。なにかのきっかけで、運命は好転するチャンスもあるものです。
前向きに、そして「信じること」それが、あなたの未来を明るいものにしてくれるかもしれません。長きにわたって読んでくださったみなさん、ありがとうございました。   月 竜香


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