奇跡の人1 : 尾関孝哉君
千葉県松戸市六高台
尾関孝哉君(当時生後4ヶ月)が突然大声を出して泣き出し、顔色が悪くなり意識を失ったのは平成12年9月28日のことでした。その時は声をかけると一時的に意識は戻りますがしばらくするとまた意識を失う、その繰り返しでした。
すぐに救急車を呼び、孝哉君は病院に運ばれました。救急隊員の話では『いっせいけいれん』という子供がよくかかる症状ではないかということでした。子供が大声をあげて泣いた時に1〜2分息が止まってしまう症状で、もしそうであれば、そのうち呼吸は戻るとのことでした。
最初に運ばれた病院では、最初は救急隊員と同じことを言われました。しかし、孝哉君が検査をする前にミルクを少し戻した様子を見て、少し違うのではないか、脳に何か起きたのではないかということが疑われ、CTスキャンを受けることになりました。
CTスキャンで頭を検査したところ、頭の中で出血しているとのこと。手術が必要ですがここではできないので、総合病院に転送されることになりました。
この時点でお母様が医師に「助かるかどうか」と聞いたところ、「出血の量次第であり、なんともいえない」と言われたそうです。
翌28日、総合病院で検査をしたところ、頭の中の出血が減っていないとのこと。ここではまた、小児科専門の病院に転送されることになりました。
28日のうちに3件目の病院で手術を行い、出血している部分から血を抜き取ってもらいました。これで孝哉君の症状はよくなると医師からは言われていたのですが、2週間が経過しても血が減らず、逆に抜いても抜いてもなくなりません。普通は『脳水』という水が脳に戻るものなのですが、そうはならなかったのです。
検査の結果、孝哉君の血管には大きな血のかたまりがあることが判明しました。これは大人でいう脳出血、くも膜下出血の症状です。医者からは、手術は大きくならないとできないと言われました。
最初に月竜香の力を求めたのは、孝哉君のおばあさんでした。
そして集中治療室の孝哉君は、竜香のパワーのこもった霊石水晶を手に握らされました。また、その時から竜香は孝哉君の写真に対してパワーを送り続けました。
ここで運はいい方向に転向し、不思議なこと、ラッキーなことが起こるようになります。
月竜香からラッキーカラーはピンクだと言われた孝哉君ですが、病室に入った時、意外なことに孝哉君だけはピンクのブランケットがかけられていました。他の男の子は白のブランケットをかけられていたのに。
そして、看護婦さんからも「これはラッキーよ」と言われたのですが、半年前から名医がこの近くで開業をしていたのです。これらの出来事に象徴されるかのように、事態は次第に好転していきます。
10月下旬。孝哉君は再度手術を受けることになりました。
この時、医師からは「場所が場所だけに後遺症が残る可能性がある」と言われていました。特に左側に影響が出る可能性が高く、場合によっては左目が見えなくなることも考えられる、ということでした。孝哉君のご両親は覚悟を決めましたが、竜香のパワーに守られていた孝哉君には、その心配はいらなかったのです。
手術後、1歳までにミルクは口から飲むことが出来るようにリハビリをすればいいと医師や看護婦からは言われていましたが、当時生後5ヶ月だった孝哉君はミルクを10cc飲むのに30分もかかってしまう状態でした。
しかし、それを聞いた竜香は確信をもって言いました。「飲めるようになる」と。
その言葉に後押しされるように、それからわずか2〜3日後には孝哉君は50ccが飲めるようになり、すぐに100ccにまで到達しました。そのめざましい回復ぶりには看護婦さんもびっくりしていたほどです。
11月下旬、竜香は「もう大丈夫」と孝哉君のご家族に言いました。
現に、孝哉君は手術後に心配された後遺症もなく目もしっかり見えていました。担当した医師も「わずかな確率だった」と術後の経過の良好さに驚いていました。
翌平成13年1月15日、孝哉君は退院しました。
現在では2ヶ月に1度通院していますが、それも問診等の簡単な診察になっています。
竜香が孝哉君の写真にパワーをこめ続けたこと、竜香のパワーを注ぎ込み続けている霊石を孝哉君が御守りとしてもっていることが今回の件にどのような効果を与えたのか、医学的な観点からでは繋がりはみられないとは思われます。
ですが、竜香がパワーを注ぎこんだ時を契機に、後遺症が残ると言われていた1人の男の子が奇跡的に治癒したことは、竜香の霊感パワーが『いやし』の力を持つことを何よりも明らかにしているのではないでしょうか。
竜香はご家族の依頼を受け、現在もなお定期的に孝哉君の写真と御守りの水晶にその霊感パワーを注ぎ込んでいます。
(更新日 H13/11/05) |