東大出身生 かりんのひとりごと(その98〜その99)



その98 インドネシア風?結婚式   (2003.2.17)

 結婚式/披露宴にいってきました。しかも二つも同じ日に。。。。はじめてインドネシア風? 結婚式だったので、発見もあり、良い記念になりました。

 ひとつめは、職場の秘書の結婚式で、朝8時! から教会で式があり、その後11時から披露宴。その教会が町の中心部から車で1時間くらい行ったところなので、朝5時起きで、6時半に上司が運転する車で出発しました。何せ初めて行くところなので、地図を片手に、携帯電話でその近所にすむ職場の同僚にナビを頼みながら行く、というスリル満点のドライブでした。無事に15分前について、ほっとしたのだけれど。。。(ちなみに式は8時半から始まりました。インドネシアでは? 会議でも食事会でも、遅れて始まるのがしきたりというか慣習らしいのです。。。。)。
 教会での式が終わると、今度はまた車で1時間ほど戻って町の中心部のホールを借りての披露宴。ふたつめの結婚式は、イスラム教形式の結婚式だったようですが、職場の同僚の友達の結婚式だったので、披露宴のみ出席。なんで連れて行かれたのかわからないけど、とりあえず誘われて夜7時から、巨大5つ星ホテルでの披露宴にでかけました。

 二つ披露宴に出席したわけですが、これが着席型ではなく立食系披露宴。つまり招待状を出して人数を確認しているのでしょうけれど、とにかく大人数来ることが予想されている披露宴。
 ひとつめの結婚式は小さめのホールでの結婚式だったので、150人くらいいたように思いますが、ふたつめに至ってはホテルの宴会場を使っていたので500人は来たと思います。記念品を配っていたので、もちろん大体の人数は把握してあるのでしょうけれど、きちんと着飾っていれば、誰でも知りあいのような顔をして入ってこれそうな感じでした。
 そもそもふたつめの披露宴は、かりんも同僚に連れて行かれただけで、披露宴の席で初めて新郎新婦に逢ったわけですし、、、、(笑)。

 この立食系の披露宴、まず司会者のスピーチではじまり、そのあと、出席者はならんで順番にステージの上にいる新郎新婦、その御両親の前にでていって挨拶をします。そして各々立食で食事して、適当なときに帰る、、、という形式。
 日本のように、上司や友達のスピーチ、新郎新婦の経歴紹介とか、そういったことはまったくなく、だらだらと続いて自然に終わっていく、、、という形のようなのです。しかもふたつめの披露宴は巨大な宴会場で行われていたので、雛段の反対側にもうひとつ大きなステージがつくってあり、そこで生バンドの演奏があり、最後の方にはステージ前が仮設ディスコになっていました。
 興味深かったのは、老若男女、ほんとに楽しそうに踊っており、どうも披露宴というよりは巨大なパーティの様相を呈していたこと。。。。誰のための披露宴なのかなーと思ったりしました(笑)。あとでインドネシア人の友人に聞いたら、500人くらい来ていた披露宴だったのに、「あれは、小規模な方」ということ。どうも、両親の会社関係の人たちからあんまり親しくない人まで? 招くのが普通らしく、めでたいから何でもあり? (いいすぎか)のようでした。もちろん関係者だけでこじんまりやる場合もあるらしいのですが。。。。

 数百人単位の披露宴になると、家族や親戚で「披露宴執行委員会」なるものをつくり、関係者各位同じ服装をするのだそうです。
 インドネシアは多民族国家のため各島、地域で微妙に民族衣装が違うようなのですが、関係者各位、同じ帽子に同じ服、男性は民族衣装の上着の下から見えるように、ズボンの上からスコットランドキルトのように短いサロンを巻き、女性は同じがらのサロンとショールをまとう、という格好は見ためも統一されていて美しく、なかなか圧巻でした。知らない人の結婚式で写真をとるのもためらわれ、カメラをもっていかなかったのが失敗でした。。。。。

 ふたつの披露宴とも、規模こそ違いましたが、結婚そのものを個人個人の結び付きというより、家と家の結び付きとして重視している点では酷似しており、なかなか考えさせられました。
 まあ、人生において大きなイベントではあるけれど、この規模の披露宴を日本で開くとしたら、いくらかかるかなーとちらっと現実に戻って考えたりもして(笑)。




その99 比較の視点  (2003.2.24)

 ニューヨークにいる友達が、オペラを観にいった、というメールを送ってきました。実にうらやましい。こちらでは、なかなかオペラやクラシックのコンサートに行く機会がないので、無条件にうらやましくて、ついオペラのCDなんか家で聞いてしまいました。
 思えばジュネーブにいたころは、ちょこちょこスイスロマンドオーケストラのコンサートにも行ったし、ミラノまで電車でオペラを観にいったこともあったし、、、、。いまさらながら恵まれていたなあーと実感します。
 もちろんインドネシアにはインドネシアの音楽や舞踊があるわけですが、どーもヨーロッパでオペラやコンサートにいっていたようには、足繁しく通う気もおこらず、ついそういう文化的活動からは離れてしまっています。

 パリに遊びにいっていた友達は、パリで自由きままに散歩したり、オープンカフェでお茶したり、ギャラリーにいったりして、それがこちらに戻ってくるとできないのが、悲しいとぼやいていましたが、まったくその通り。残念ながらこちらでは歩き回れないし、公園も少ないし、オープンカフェでお茶、というような空気でもありません。。。交通量が多すぎて(笑)。
 だから、ショッピングモールに大量に人が集まって、そのなかでみんな歩き回ったり、お茶をしたりしているんですが。。。。

 確かにこうやっていくつかの国に住む機会があると、比較の視点が身についてしまっているので、ついどこかと比較して、ため息をついてしまうこともあります。いつも暖かいとか物価が安いとか、アパートにプールがついているとかジムがあるとか、そういう日本ではあんまり考えられない長所もあるので、ため息ばかりでもないのですが。。。。
 比較の視点があることは幸せなんでしょうか、不幸せなんでしょうか。。。

 先輩がいっていましたが、パキスタンやインド、インドネシアでも、たとえばメイドさんの子供として生まれると、メイドさんとして生きることがあたりまえになる、というか、生まれた環境に素直に生きるケースが多いようです。ヒンドゥーの場合はカーストがあるので、よけいその傾向は強まるのでしょうけれど。
 外の世界を目のあたりにして、選択できるとしたらそれはそれで幸せなことでしょうけれど、比較の視点、選択の幅が広がると、悩みも増える、という贅沢な悩みもあるように思います。敷かれたレールの上を走ることは、それが苦痛でない以上は、考える苦痛がないので楽といえば楽かもしれませんね。
 でも、考える自由がないというのは、それはそれでとても苦痛なことです。

 ときどき、人間の一生は宇宙の時間の流れのなかではほんの一瞬であり、でもその一瞬の間に、なぜかりんはこの時代の日本に生まれ、かりんの周囲のひとたちはインドネシアやアメリカに生まれ、それぞれの人生のなかで今この瞬間にかりんと出会う機会があったのかしら??? と思ったりします。
 この瞬間に地球に存在している人たちのなかで、ここでこの人に出会うってすごい確率だ、とか。そうやって考えると、相性の良い人とかきの合わない人とか、そういうのがどーでもよくなる、というか、急に視点が高くなって心が広くなる、というか。。。。
 オペラが観れないとか、オープンカフェがないとか、そういうのはともかく、生きて、ここにいるだけで、それはすごいことだと思ったりして(ちょっと話が極端ですが)。

 スペースシャトルコロンビアの事故のときに、初めてアラブ世界からのクルーとしてシャトルに乗ったという、サウジアラビア(だったかな?)のクルーがインタビューされていましたが、彼が「宇宙から地球をみるというのは、まったく新しい視点を与えてくれる。いつか各国の大統領や首相も宇宙から地球をみるといい」といっていました。自分の領土とか国益とか、そういうところから離れた地球的視点からみるといい、ということだと思います。
 日本にうまれようがインドネシアに生まれようが、この瞬間に地球上に存在している事実はかわりません。ならば、みんなが仲良く平和に暮らせるようにするべきだと思うのですが、なかなかうまくいかないものですね。地球規模で考えたら、やっぱり自分だけが自分の国だけがよければいいなんてことをいってられないわけだし。。。。なーんてことを、ちょっとイラクをめぐる議論をおいながら考えてしまいました。
 とはいえ、かりんもいつもこんなことを考えているわけではなくて、今日はなにを食べようか、とかここは空気が悪いとか、そんなことでいらいらしているわけですが。。。ちょっと反省している今日このごろです。