東大出身性かりんのひとりごと 過去ログ(その56〜その57)



その56  4月から社会にでる方々へ (2002.3.25)

 かりんは今週から帰国中で、しばらく「ひとりごと」も東京発になります。さて、日本に帰ってきてみると、すっかり桜も満開で、春まっさかり(ちょっと朝夕は寒いけど)、ジュネーブの緯度は北海道より上なので、東京の緯度の低さを実感します。
 ここしばらく、「春」に関して思うことを書いているのですが、今回も別れの季節、というか旅立ちの季節3月、そして新たな出発の季節4月、という発想の続き。4月から社会人デビューをする方についての話です。

 先日ラジオを聴いていると、担当者が紹介する視聴者からの相談のコーナーで、今年の4月から社会人になる女性が不安を告白していました。「社会人として生きていくこと、社会で働くことの不安について」彼女は綿々と書き綴っていました。
 かりんは人の車でそのラジオを聞き流していたので、詳しいコンテクストは忘れましたが、ラジオの担当者が「女性は働き始めても、うまくいかなくなったら結婚してやめればいい、と考える人が多い。そんな甘えた考えではなく、小遣い稼ぎだという発想をすて、働かなければ食っていけないくらいの気概で働かないと、」と一喝していたのが印象的でした。

 確かにかりんも随分とこういう発想の女性をみる機会がありました。自分も仕事に行き詰ると、「誰か養ってくれないかしら?」と思うことがあるので、よーくわかるのですが、その点男性は大変ですよね。社会構造的に「男性は外で働く」という前提? になっているから、まず「養ってくれ」とはならないわけだし、おのずと会社選び、職業選びから慎重にならざるを得ない。
 昔、かりん叔母が、「女性が男性と対等に競争して、仕事で一流になるにはある種女性であることを捨てなければならない」といっていましたが、「結婚してやめればいい」とどこかで逃げ道を作っていると、やっぱり男性と戦うことはできませんよね。
 だからといって、かりんは、働かない女性、専業主婦になることを選択している女性を認めないわけではないので、誤解されると困るのですが。。。。

 瀬戸内寂聴さんや森瑤子さん、もちろん竜香先生もよく書いたり、おっしゃることですが、結婚してすべてがまるく収まるわけではないし、結婚した相手が急に怪我をして働けなくなるかもしれないし、やっぱり人に依存して生きていこうと考えていると、そうは問屋が卸さないというか、何かと問題がでたときに対処できなくておぶおぶしてしまうように思います。
 かりんもその点では、「手に職」って大事だ、と強く強く感じています。女性が働くというのはそれなりの覚悟が必要だな、、と思う次第。

 このラジオに投書していた女性を「甘えるな」と一喝した担当者も、初めて社会にでるときの不安は誰もが感じるもの、と優しいコメントもしていました。
 確かに未知のことは誰でも不安です。学生時代、家庭教師などある種閉ざされたものではなく、塾とかそれこそマクドナルドでも喫茶店でも、どこでもいいけれど、ある程度の年齢層と人数が集まるところでアルバイトをしたことがあると、ちょっと「社会人」としての「働いてお金をもらう」という生産活動が垣間見ることができると思います。ま、それでもアルバイトと実際の会社勤めでは責任の持たされ方が違うのでしょうけれど。

 アルバイトといえば、余談ですが欧米の大学生、大学院生がアルバイトとともに精をだすのが「インターン」制度です。これは企業や団体がときには有給で学生を雇い、社会経験される制度で、学生にしてみれば憧れの企業・団体を中から見ることができ、将来自分が就職活動をするとき、ほんとにその職種、団体が自分に適しているかを判断するひとつの材料になるし、しかもうまくいけば実績をあげ、良い意味でのコネクションもできるということで、就職前の大事なステップのひとつになっています。
 かりんの働く国連でも、夏に冬にと学生が休みを利用して、インターンとして働いています。

 思えば、かりんも初めて家庭教師のアルバイトをしたとき、キャンペーンガールのバイトでスーパーでワインを売ったり(笑)、ティッシュを配ったりしたとき、それから初めてイギリスの人権NGOで英語を使って働いたとき、それぞれに非常に緊張したし、登社拒否? になったくらい不安で不安で具合が悪くなったことがありました。
 まあ、でも結論とすれば、なんでもやってみなくちゃわからない、ということでしょうか(笑)。

 英語で働くことが恐怖でお腹を壊していたかりんもいまやなんだかんだいって、4年ちょっと海外で働いているわけで(こんなこといったら、雇っている側は卒倒するだろうけど、笑)、何事も頑張ってやっていればなんとか結果はついてくるものです。
その努力を、自己実現、自分の目標実現のための大事なステップとして耐えられるか、やっぱり向いていないことをしている故の耐え難い苦痛を判断するかは、個人によりますが、、、。4月から社会人になる方々、働いてお金をもらい、社会のなかで生きていくのは大変なことですが、お互いに頑張りましょう(笑)。
 責任をもって仕事をするのは大変なプレッシャーでもありますが、それを乗り越えたときの見返りと自分につく自信、自分の成長はおつりがくるほど? かけがえのないものです。みなさんに、良いことがたくさんあるよう、お祈りしています。





その57  ブレネリを巡って (2002.4.1)

 久々の日本は暖かかったり寒かったりと、変な天気で、かりんの体は気温の変化にまったくついていかず、風邪気味になってしまいました。(いつも風邪をひいている状態の気もするけれど。)

 さて皆さんは「おおブレネリ」という歌を知ってますか? 小学校の音楽の時間や、夏季学校、遠足のバスのなかで歌ったりするあの歌です。先日かりんが東京にいる友達と食事をしているとき、彼女がふとこの歌のことを口にしたのです。「おおブレネリ」という歌のブレネリとは、スイスに一般的な名前なのか? と。はて。この歌は10年以上聞いてないし歌ってないので、歌詞をなんとなくしか覚えてないなあ、と思いながら歌ってみると、「♪おおブレネリ、あなたのおうちはどこ? 私のおうちはスイッツランドよ」。ほお、確かにブレネリはスイスに住んでいるらしい。彼女は自分の子供を寝かしつけるとき、いろんな歌を歌うらしいのですが、最近ふと口をついてでた歌がこれで、歌いながらブレネリってスイス人だよなあ、と思ったとか。
 かりんもこの歌、最後まで歌ってみたのですが、驚いたことに覚えてたんですね。10年も歌ってないのに。子供のころに何回となく歌って覚えた歌って、忘れないものなんですねえ。ブレネリが一般的なスイス人の名前かどうかは、よくわかりませんが(今度調べます。でも、ブレネリさんって会ったことないから、多分一般的ではないのでしょう。笑)、とりあえず子供のころに刷り込まれた歌は忘れないものだ、という発見ではありました。
 ちなみにこの歌ではブレネリさんは「きれいな湖水のほとり」に住んでいることになってますが、これがどの湖なのかも議論のあるところでしょう(笑)。

 そうやって考えてみると、確かに子供のころ、意味もよくわからず覚えた歌ってたくさんあって、随分後になるまで意味を勘違いしてたりすることもあるように思います。
 例えばよくあるのが「赤い靴」の3番で、赤い靴の女の子が「異人さん」ではなく「偉人さん」や「ひいじいさん」に連れて行かれる、と思ってた人も多いでしょう(笑)。かりんも「荒城の月」は「工場の月」だと思ってたし(笑)。
 この手の勘違いで、一番おかしかったのが、昔誰かがテレビで告白してましたが「巨人の星」のアニメの歌で「♪思いこんだら、試練の道を」というフレーズ部分で、主人公がローラーを引っ張ってグランド整備してたため、ローラーを「コンダラー」という物体だと信じ「重いコンダラー、試練の道を」だと思ったとか(爆笑)。コンダラーって何でしょうね(笑)。

 まあ、歌詞を勘違いしているくらいならあんまり日常生活に差し障りもありませんが、例えば家庭内でしか使わないジャーゴン(専門用語)を常識を思ったりしているとまずいですよね(笑)。
 小学校高学年のころ、かりんの同級生が給食の時間に「ちょっと、マヨマよとってよ」と叫んでいるのを耳にして、びっくりした覚えがあります(注マヨネーズのこと)。かくいうかりんも子供のころ握って寝ていたタオルを「ピンクのしゅるしゅる(ふちの部分がサテンでしゅるしゅるしてたから)」と呼んでいました(家庭の外では使わなかったけど、笑)。
 そういえばかりんが子供のころ一番苦労したのは、親の呼び方でした。実は。家庭内ではなぜか父は「ダディ」母は「マミィ」(注父が毎週日曜日に英語で話す家だったのです)、だったので、幼稚園に通ってこれがまったく一般的な呼び名ではないと知ったときのショックといったら(笑)。ほかの人は、「ママ」「パパ」だったし。治すのに苦労しました。

 ブレネリとはまったく関係ない話になりましたが、要は子供のころついたくせとか信じたことって忘れないなあ、ということです(無理矢理、笑)。皆さんも家庭内ジャーゴンとかあったら教えてくださいね(笑)。