東大出身生かりんのひとりごと 過去ログ(その48〜その49)




その48  火山の噴火によせて (2002.1.28)

 二週間程前に、アフリカはコンゴ/ルワンダ国境付近(コンゴ側)の火山が噴火して、30万から35万人の人びとが影響をうけている、というのをご存じでしょうか。
 火山の麓の町、ゴマは、ルワンダ/ブルンジで、大虐殺があったとき、ルワンダから逃れてきた人たちを受け入れる大きな難民キャンプがあったところで、もしかしたら名前を覚えている方もいるかもしれません。
 コンゴ(旧ザイール)のこの町は、現在は首都キンシャサを収めている政府に対抗する勢力が支配している地域なので、ゴマの住民たちもコンゴ内戦の影響を受けている人たちでもあります。

 アフリカはヨーロッパのすぐ南にあり、ヨーロッパと関係も深いことから、こちらにいてもよくニュースが入ってきますが、日本だと、やっぱりアフリカは地理的にも心理的にも距離が遠く、このニュースもあまり報道されていないかもしれません。
 先週は日本でアフガニスタンの復興をめぐる会議が行われたこともあり、コンゴよりはアフガニスタンの方が大きく取り上げられたかもしれませんね。ちなみに日本政府は先日、この噴火の被災者に対する、かなり大きな額の援助を決めました。

 アフガニスタン空曝のときにも思いましたが、ゴマの住人も、内戦/紛争/貧困に苦しんでいるところに、自然災害、と泣きっ面に蜂、というか踏んだりけったり、というか、次から次へと困難に見舞われている人たちではないでしょうか。
 世の中はやっぱり公平じゃないなあと、いうのはかりんのまわりでも聞かれる意見です。同じ時代に生まれているのに、どうしてかなあ、と思ったりします。

 自然災害は、戦争や紛争と違って防ぐことができない、とよくいわれますが、実は、災害の種類によっては防ぐ事も可能だし、災害の規模、被害の大きさを最小限に抑えることも、可能です。
 たとえば地震の場合、完全な予知と地震の発生を防ぐことはできなくても、耐震性の高い建物をたてるとか、町の区画整理をして、避難場所を確保するとか、そういったことで被害の規模を抑えることが可能だと思われます。洪水も、堤防の補強とか、住宅も川のそばではなく高台にたてる、とかそういうことで被害を抑えることができるはずです。
 だから、援助といっても、対症療法的な援助(毛布を配る、水を配る、病院を立て直す、薬を配る、といったような)だけではなく、その後、その国の国力をバックアップするような、開発の援助と組み合わせていくことが大事だと思うのですが、後者にはなかなか援助金が回らないのが現実です。時間もかかる援助だし、結果がなかなか見えないし。でも長い目でみた援助が大事なんですけど。

 火山が噴火しているかたわらで、モーリシャスという観光で有名な島にはサイクロンがやってきて、大きな被害をもたらしました。比較するものでもないですが、被害の大きさ、被災者の数を比べたら、コンゴの比ではないし、モーリシャス自体、国際援助を求めずに自分たちで復興活動を始めています。
 援助を決めるとき、もちろん被害の大きさ、被災者の数、国力をもとに判断していくわけですが、実際の被災者の苦しみの度合という点では、きっとどちらも同じだろうに、と考えないこともありません。

 思えば、去年の1、2月も、モンゴルへ視察にでかけていた国連チームをのせたヘリコプター事故(NHKの方も亡くなりました)、エルサルバドル、インドの地震と、災害が多く苦しい時期でした。
 今年はコンゴ。。。。今年は一体どんな年になるのか、とちょっと暗澹たる気持ちでいます。





その49  自信をもつこと (2002.2.4)

 漠然とした質問ではありますが、自分に自信をもってますか? 外見ではなくて、自分にはこれができる、たとえば、自分はとてもおおらかで、細かいことは気にしない、とか自分の長所を知っていますか?
 仕事をしていると、壁にぶつかることはよくあるし、「自分には向いてない」とか「自分にはできない」と思うことがよくあります。こういうとき、生まれつき才能がないから、仕方ない、って思いますか?

 自分自信をもつこと。自分にはできる、と信じてあげることは、自分を大事にしてあげるという意味で、大事なことだと思います。
 ただ根拠のない自信と、他人に威圧感を与えるような自信はどうかなーと思うのですが。かりんのまわりには、良くも悪くも自分に自信のある人がたくさんいます。自己主張が非常に強く、自分が正しいと信じて疑わず、つっぱしる人もいるし、他人を平気で傷つける人もいます。彼等にいわせれば、そんなことで傷つく程度のプライドと自信しかない方が問題、なのかもしれませんが。
 なかには自分の自信のなさから、相手を攻撃する人もいます。かりんは、自分に自信をもちにくい、つまり、よく「あー、わたしってだめね〜」と落ち込みやすいため、自信に満ちあふれている人のそばにいると、よけい落ち込んでくることもあります。自分のせいですが、でもやっぱり他人を圧倒してしまう人っていると思います。本人は幸せでしょうけど(笑)。
 「どうせ」って卑屈になるのはよくないけれど、謙虚さって大事。卑屈と謙虚は紙一重だけれど。根拠のない自信、他人を蹴落とす勢いの自信よりは、少々弱気の方が、人間関係うまくいくのでは? とか思ってしまいます。

 ジョンレノンは、その昔「才能とは自分に何かができると信じることだ」と言ったそうです。つまり、適正は自分でつくるもの。できるとかできないとかは自分の問題で、努力の問題だ、という趣旨だと思います。これは真実でしょうか? かりんはずっとこれを信じてきました。この言葉を聞いたのは、たしか中学生のときでしたが、それ以来、何かのたびに思い出したし、壁にぶつかったり超えられない山にさしかかるたびに、やってできないことはない、と思ってきました。
 努力すればかなうと思っていたので。でも、最近、はて? と思うことも多々あります。学生のときと比べて、社会にでれば自分の努力ではどうにもならないことも多々でてくるせいもあって、「やっぱり努力でなんとかならないものもあるのではないか?」という事実に気がつきました。だからといって、最初からさじを投げているのは酌だし、できるだけ努力して、自分なりのベストを尽くしたいとは思うのですが。。。
 ただ、うまくいかない場合、「縁がなかった」と思う、仕方ないさ、って思うようにしている、というかやっとそう思えるようになってきました(昔は悔しくて思えないことが多かったので)。こう思えないと、辛いし。これはあきらめることと違うと思うし。

 結局、自分に自信をもつことは、今の自分の短所も長所も素直に受け止められるかどうかにかかっていると思います。
 短所を素直にうけとめてなおそうと頑張れるかどうか、長所も謙虚に受け止めて延ばしていかれるかどうか。そういうことが大人になるってことよね〜などと思っています(もう30だし、今さら大人もなにもないですが)。