東大出身生 かりんのひとりごと 過去ログ(VOL42〜43)
その42 記憶力の話 (2001.12.17) |
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いきなりですが、皆さんは、ずっとずっと昔にお付き合いしていた人のことや友達のことをよく覚えていますか? 自分の失敗談、例えばすごーく恥ずかしかったこととか、情けなかったこととかはどうですか? 時間の流れはときに「優しく」て、嫌なことも悲しいことも、すこしずつ忘れさせてくれるといいますし、事実そうだと思います。これは自分の意思と無関係なのでしょうか? まさか無関係ということはないでしょうし、事実、覚えていたい、と強く思っていることは色鮮やかに覚えていると思います。でも、不思議なもので、強く覚えていたいと思ってないことも、すりこまれているんですよね(笑)。何かのきっかけで思い出してしまう。。。 人は死ぬときに、お金や生前買い集めたもの、友達・家族を連れて行くことはできないし、ひとりで逝くしかありません。そういうとき、「記憶」があれば、少しは寂しくないのかなあ、と思ったりします(死んだら意識がどうなるかは敢えて問いません)。だったら、楽しい記憶が沢山あるにこしたことはないですね。反省はしても後悔のない、豊かな人生をおくり、たくさんの面白おかしい記憶を蓄積したいものです。 |
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その43 期待、そして待つこと。クリスマスによせて。 (2001.12.24) |
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何かを期待して、こうなるといいなあ、と思い願うとき、皆さんはそうならなかったとき、期待通りにならなかったときのことも考えますか? どういう精神状態で、その目標の達成なり、夢や希望の実現を待ちますか? (先週に引き続き、質問調で申し訳ありません)。 かりんには、一年前から「期待」していること、こうなるといいなあ、と強く念じていることがあります。「あともう少し」というところで、なかなか進まず話がこじれて足踏みしている状態になってしまい、非常に焦れています。これもまた、かりん一人の力でどうしようもないことなので、じっと待つしかなく、待つことが大の苦手のかりんには苦しい日々が続きます。 話は飛んで、この原稿が載る日はクリスマスイブ。ご存知のように、クリスマスはキリスト教において大事な日です。救い主イエスキリストがお生まれになった日だからです。クリスマスは誰でも知っていると思いますが、キリスト教では、このクリスマスにいたるまでの一ヶ月を、アドヴェントといい、クリスマスまでの準備期間として重要視していることは意外と知られていないことではないでしょうか? この一ヶ月間の意味はキリスト誕生を、準備して「待つ」ということです。いつ来るともしれない救い主を、目を覚まして、周りに気を配りながらじっと「待つ」、このことの確認期間とでもいいましょうか。 |
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